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対談「野沢 × 瀬尾」
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野沢 |
多摩美とムサビの違いが |
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瀬尾 |
そうだね、他の学校の授業なんて |
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野沢 |
例えばどんなところが? |
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瀬尾 |
物の考え方とかそういう根本的なことって |
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野沢 |
確かに環境がデザインとか |
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瀬尾 |
教育が本人の常識を作るっていう意味では |
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野沢 |
ぶっちゃけ僕はその常識が苦手ですw |
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瀬尾 |
自分のもってるものさしという意味でだよ。 |
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野沢 |
うん、そのものさしを拡げたくて、 |
あいまいの視覚化 野沢 陽太 |
嘘 瀬尾 宙 |
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| 私達は「あいまい」の中に 身を置いて生きている。 それは 井戸端会議と国会答弁、 ヒューリスティクスと アルゴリズム、 直感と経験、 演繹法と帰納法など。 二つの間を 行ったり来たりして 思考するこの状態を 視覚化する。 |
あれは男性だ。 あれはお金持ちだ。 あれはまだ幼い子供だ。 私達は無意識のうちに 色々なものを、 その見た目だけで 判断しています。 でも時には その思い込みに 騙されることもあります。 騙されないためには どうすれば良いのでしょうか。 私が制作したのは 疑う心を育てる映像と、 よりクリエイティブな 嘘つきを目指す本です。 |
| 瀬尾君の作品ではウソのシステムを視覚化している。それは、論法的認識のプロセスから始まり、奇術やプロパガンダの仕組みに帰結する。 まず最初に好感が持 てたのは『嘘の教科書』でバースの『記号論』を我々がわかる所まで要所を絞り、分かり易い表現で説明した点である。正しい論理の説明をしようとしていた姿 勢は作品テーマとは裏腹に実に誠実である。 個人的にはこれを逆説的に間違った論理からウソを説明していくと、ロバート・J・クーラーの『論理で人をだます 法』になると思っている。 言葉やコミュニケーションの価値が激変していくこの時代であるからこそ、こうしたコミュニケーションの根幹部分に注目した作品は 必要になるし、重要になると私は考えている。 (野沢)
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行動を起こさなければ彼の作品を本当の意味で見る事は出来ない。
一見すると目の前にあるものは現在の総理大臣である菅直人氏と小沢一郎氏の描かれたポスターである。少し近づいてみると二人の顔を構成している のは色の違う無数の点であることがわかる。もっと近づくと無数の点自体が細い線で描かれた円の集合体だということに気づかされる。もしも虫眼鏡を使ってみ たらそれらの線自体もまた、無数の点の集合である事がわかるだろう。ここまで近寄った時にはもう管氏と小沢氏の面影はない。私達に見えるのはただの線か、 あるいは点である。私達が得る情報は周りの環境や自分の見方によって簡単に変化してしまうあいまいなものである。 「あしたはあめがふるてんきではない」私達の普段の会話の中にも誤解はつきものである。しかし、人に対して何かを伝える時に私達は色々な事を省略して、それで相手に伝えた気になってしまう。野沢氏の作品はそんな情報を伝えることのあいまいさを改めて認識させてくれる。 (瀬尾) |
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2011/02/24 (Thu.) Trackback() Comment(1) 参加者対談
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瀬尾宙君、今日は。お元気ですか?君の電話番後、ケイタイ電話番後それぞれ無くなりました、だから最近ぜんぜん通信してませんでした。3月11日の地震すごい危害を当ていました。とっても残念ですね。君の家族大丈夫ですか?
お願い、僕に答えてください、もしほかのモス日学校を通っていた日々とのお問い合わせあれば、ぜひ僕に伝えてください。
どうもありがとうございます。
ロジオノフ アンドレイ 2011/04/19 (Tue.) 04:15 edit